どこかで聞いたことはありました
忙しい40代後半の友人と半年ぶりに会って、お茶をしていたときのこと。
会話の途中で、思いもがけない言葉が出ました。
「私、エンディングノート書いてるからさ・・」
どこかで聞いたことはありました。
たしか、遺書をもっと気軽に書くイメージのものだったような・・・
まだ彼女そんな年じゃないのに、えっ・・・しばらく会えなかったうちに悪い病気になった?!と一瞬であれこれ想いドキッとしていると、
「私こんな生活だから、いつどなるかわかんないでしょ(笑)もしものことがあっても旦那には頼れないから、娘達にも話しているんだ~」とあっけらかんに言います。
彼女は、現在ご主人と籍がありながらも、諸事情のため別居していて、二人の娘さんを女手ひとつで育てている、実質シングルマザーなのです。
離婚に向けての話し合いが難航し、心身大変な状況なのですが、持ち前の明るさと、芯の強さで、本当に彼女といると自分のおかれている状況とメンタルが「なんてぬるま湯なんだろう」とつくづく感じます。
そして、このエンディングノートについても、今のこの激忙な生活のなかで、先のこともしっかり考えて、それを行動に移している彼女に感服しながらも、そうさせている現状に友人としてはちょっと複雑な気持ちになりました。
エンディングノートとは、いざというときに備え、残された家族が困らないように、自分自身について家族へ伝えるべきことや、仏事に関しての希望などを、確実に伝えるためのノートなのです。
存在は知っていても、その必要性もわかっていても、普段の生活でいざこれを書こうとするきっかけとタイミングって、現実難しいなぁと思います。
お茶の帰りに書店に立ち寄り、そのエンディングノートを探してみました。
(へぇ・・・いろんな種類があるんだな)と、手に取り中を見ていると、ふと、田舎に一人で住んでいる母の顔が浮かびました。
母にもこれ、書いてもらうといいな・・・
